校舎裏の家

斑らに建て替わりが進む比較的古い住宅街における、母娘二人のための建替計画である。

敷地は間口6.5m奥行9.5m面積19坪と、市が定める最低敷地面積を大きく下回る狭小地で(今回は建替のため適用除外)、

北側は後退後に幅4mとなる狭い道路と、東西は建て込まれた隣家と各々接し、

また最大の特徴は南側で、三階建の小学校校舎が目前に迫っている環境であった。

今回の建替計画にあたり、クライアント唯一の要望は「明るい家」であった。

一見凡庸なこの要望は、逆説的に如何に今までそれが得難くまた渇望していたかを物語る。

敷地一杯に建てられた建替前の家は風通しが悪く、校舎が採光を遮り、またその近さ故カーテンも閉まりがちな、薄暗く悪気も抜けにくい過酷な住環境であった。

通常の狭小地以上に制約が多い中、健全な住環境として当然満たされるべき適切な採光や通風、プライバシーを担保した上で、豊かな暮らしを支える質の高い住空間を如何に実現させるかということに向き合ったプロジェクトであった。

本計画では主に三つの操作を試みた。

一つ目は、迫る校舎の圧迫感を軽減するバッファ空間を確保するための配置計画である。

この住宅は許容建蔽率いっぱいのフットプリントを二層立ち上げたボリュームの中で、一階北側に水廻り、南側に居間台所、二階北側に二つの寝室、南側にリビングをそれぞれ配した、各階11.5坪総二階建てという構成である。

それ故建物配置の自由度は殆ど無かったが、南側に可能な限り余白を作り、濡れ縁や植栽を設えた慎ましくも効果的な囲い庭を設けることを考え、天空率を用いて建物を極力北側に寄せる計画とした。

その代償に玄関が道路と近くなり過ぎる弊害はあったが、玄関前に溜まり空間を挟むことでこれを解消した。

なおこの空間は地域との接点や緩衝の空間として機能すると共に、経済設計の面では玄関扉を延焼ラインから外すことにも寄与している。

二つ目は、採光の確保や煙突効果による換気を得る環境装置として、建物の南側半分を全て光井戸とすることである。 この場合、本来なら二階南側を吹き抜けとするのが定石であるが、制約上限られるボリュームの中で最大限フロアを確保するために、床としての機能を果たしつつも光や空気を透過できるルーバー床を採用した。

その結果、光井戸としての機能の他に、季節や天候で環境の変わる二層の異なる居場所が創出された。

また寝室は普段寝るだけの部屋ではあるが、光井戸に面する扉と壁を透光性のある設えとすることで日中には間接光を得ることができ、篭れる場としての環境も整えた。

三つ目は、開口部の操作である。

物理的な距離は同じでも、一階部屋内から地続きの視線で見る校舎の存在は、二階以上から見るそれよりも心理的に迫って感じる。

特に今回、二階リビングはともすればインナーバルコニーや縁側のような感覚で過ごせる場である一方、一階はある程度のプライバシー性を欲するワンルーム空間に近い居間台所である。

そこで一階南側の開口部について、庭や植栽に至る視線の抜けを効果的に演出しつつも校舎からの視線が気にならないあり方を模索し、開口高さをにじり口のような地窓と掃き出し窓の中間となる高さに設定することとした。

その結果、庭があるという奥行感を感じられつつもほとんど直接校舎が見えない環境を創出でき、また副産物として濡れ縁に出る際にはにじり口の効果で庭に対する充足感を面積以上に感じられるというメリットも生まれた。

敷地環境に起因する様々な制約の中、健全な住環境を愚直に目指し効果的な操作を検討していった結果、決して広くはなくとも性格の異なる居場所をいくつも内包した豊かな住まいが実現した。

お引渡し後しばらくして「昔は寝に帰るだけの自宅が、今は本当に寛げる家になった」という嬉しいお言葉を頂いた。 と同時に「特に夜のお庭のライトアップがいい感じです!」と、早速新たな居場所を見つけて頂いているようであった。

設計者が意図的に仕込んだ場、偶然に生まれる環境、経年により現れる景色。

豊かな暮らしの営みの中、これからもお気に入りの場を見つけていける、愛着の湧くお家となっていれば幸いである。